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Ah, but I was so much older then, I'm younger than that now.
善福寺川公園で花見、穏やかな時間を過ごす
話は前後するが、桜見サイクリングの前日の土曜日、善福寺川公園に家族で花見に行ってきた。息子が赤ちゃんの時から小学生の頃までは毎年訪れていたのだが、ほぼ5年ぶりくらいだろうか。
ここはワタシが大学生になり、東京に出てきて一人暮らしを始めた場所のほど近くで、思い出の場所なのだ。
荻窪タウンセブンで食料と飲み物を買い出し、関東バスに乗って懐かしくも変わりゆく街並みを感慨深く眺めるうちに、ほどなく西田小学校前に着いた。ここには鶏肉屋さんがあったはずだけど、店じまいしてしまったのだろうか。
住宅街の立派なお屋敷を羨ましく見やりながら数分歩き、少し下ると善福寺川公園の入口の小さな橋のところに出る。散り始めながらもどこか風格のある桜の枝が幾重にも川にかかっている。
川沿いに子どもたちが群がる遊具の脇を歩いていくと、はっとするほど純白の八重桜。根本を見ると「白妙」とプレートがある。あぁ、これがあの枕詞に聞こえた"しろたえ"か。ここにはしょっちゅう来ていたのにこの花をちゃんと見た記憶は若かった自分には刻まれていない。
もう少し奥まで入ってシートを広げ、こしらえてきたおにぎりと買ってきたコロッケや焼き鳥でささやかな宴会を開く。陽射しはとても暖かいのだが、日陰に入ると意外に風の冷たさを感じるのはやはりこの季節独特のものだ。桜花の隙間を見上げながら、空腹に塩味のおにぎり、鶏の脂を口の中で混ぜ合わせて飲み込みながら日本酒で追いかけると、頭がふっと麻痺し一瞬で陶然の境地に。
小さかった息子はこの広い公園に来ると夢中で遊び、「まだ帰らない」と言い張ったものだが、今やワタシを"上から目線"で見おろす中学三年生。ワタシもかつてはワイン赤・白に日本酒一升まで持ち込んでドロドロになるまで酔い痴れたものだが、お互い成長したのやら衰えたのやら。そんなに長居はせずともすっかり満足して、帰り道は川沿いを歩いて駅に戻るという我が家の習わしに従う。年に1度しか、それも数年来ていないというのに、みんないろんなことを憶えているもので、あそこがどうの、ここが新しくなったのと、おしゃべりしながら時間を慈しむようにゆっくりゆっくりと歩く。
屈まないと通れないようなこんな場所もある。川のせせらぎが聞こえるこんなところにいつか住んでみたいとも思う。
久しぶりに本当に穏やかな時間を過ごせたことに感謝。こういうひとときをまた来年も得られればと心から願う。
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