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Ah, but I was so much older then, I'm younger than that now.
走り初め 高坂〜笛吹峠〜小川町
寝正月を決め込んだ今年、ゆっくり起きてテレビをつけたら箱根駅伝をやっていた。アナウンサーが「ここからは暑さとも闘わなければなりません」という。えっ、三が日は寒さがキツイと思い込んでいたんだが、今日はそうでもないのか? おまけに「風はほとんどありません」という声も聞こえてきた。そか、湘南は薙いでいるのか...
というわけで、埼玉も寒くはなかろうと、急いで支度をして出かけることにする。坂を駆け降りて、まずは、毘沙門天を詣で、今年1年の無事を祈る。ここの守りは"狛犬"ならぬ"狛虎"なのだ。カッコイイね〜!
有楽町線と東上線を乗り継ぎ、坂戸へ。スタートは13時過ぎと遅れたが、少しは走れるだろう。しかし、風強っ! 高坂橋の上では大きくあおられて一瞬あぶないところだった。そう、今日はいつもとは違い、高坂から大きく北側を焼却場方面を回ってみようと考えたのだ。ここは初めての道。物見山側より鄙びていて、農村の風情が濃い。焼却場下の登りも程よくていい感じ。大橋の手前を右に入り、笛吹峠を越え、都幾川沿いの小径を行く。ここはこのあたりではいちばん好きな景色だ。
谷間の渓流に沿った山里を小川町方面に抜けて行く。槻川にかかる橋の上で一枚!
実はこの間紹介したこのルート「高坂〜物見山〜横松郷〜小川町〜笛吹峠〜焼却場 周回」を逆に回るつもりだったのだが、風が思ったより強く、陽も陰りがちだったので、八高線沿いの幹線道路をショートカットして帰ることにする。また坂を登って汗かいて、風邪でもひいたら元も子もないからなぁ、といういつになく大人の判断、というよりいつもの意気地なし...
ウィズ・マイ・シャドウ〜♪
ゆるい登りを越え、鳩山町に入るとほどなく、雀川ダムへの入り口があり、そこを左に入ると快適な八高線に沿った側道が始まる。このあたりの帰り道はありがたいことにずっとやや下り基調で、追い風だった。あっという間に明覚を過ぎ、陽が落ちる前に坂戸に戻ることができた。これからますます寒くなるから、春までは、こういった平地系のルートをいろいろと考えとかないとな〜、ふふふふ〜
夜、東京に帰って来てから録画しておいた箱根駅伝を見た。凄かったね〜、例のスーパールーキー! 山岳コースに強い選手の魅力は、やはりロードレースに一脈通ずるものがあるな。
昨日は誕生日でした
歳をとってくると、世の中の有名人にだんだんと年下が増えてきて、一抹の寂しさを味わうものだが、とうとう、自分より若いアメリカの大統領が生まれてしまった。
今年が年男なので、彼は学年でいうと一つ下なのだった...
夜は、ハービーで、家族やお店の人たちに祝ってもらう。いくつになっても、にぎやかな誕生日はいいものだね。
プレゼントにもらった花と本、手づくりのアップルティー酒
まち飛びフェスタ2008
神楽坂駅、その後...
神楽坂で飲むと...
週明けの月曜日、ついついやりすぎてしまった。
旧友のSと、鳥城〜Charlie Brown〜Heart Bar〜一夢庵のはしごだ。
20代に一緒に飲み歩いた仲だけに、ついつい体力の限界を超えて羽目を外してしまうな。
神楽坂で飲むと、歩いて回れるお店が多いだけに、行きたいトコロが多くてついつい...
晴れ時々雨、雹、雪(日本じゃないよ)
暗いうちから起き出してゴソゴソうごめく季節になってきたのに、毎朝起きられない。花粉症と薬のせいなのだろう、眠りが浅いようで、明け方がいちばんつらい。
今朝は、朝食までの間に、昨晩途中まで見た「ツール・デ・フランドル」の続きを観戦。いやぁ、このレースは毎年面白い。フミのブログにもあったけど、"晴れ時々雨、雹、雪"というのがマジだからねぇ。ポッツァート選手は惜しくも6位、来週のパリ〜ルーベに期待しよう。
近所のお医者さんで花粉症の薬をもらい、以前住んでいた丘の下の街に、カットに行く。髪も心(?)もバッサリと切ってもらい、外に出ると雨が降っていた。天気予報、最近当たるなぁ。折りたたみ傘をかざして高速下の懐かしいバス停から真砂坂上へ。図書館を経由して仕事場に向かった。
そうそう、前に住んでたマンションは1階で、ちょっとした庭が付いていたのだが、この季節になると、奇妙なキノコが生えるのだ。最初は"宇宙キノコ"とか言って気味悪がっていたのだけれど、どうやら"アミガサダケ"というれっきとした食用キノコだということがわかり、毎年楽しみにしていた。今度住んでくれる人も食べてくれるといいなぁ...
今日は卒業式だから、これが最後のチャンスだよ
今日は息子の卒業式だった。
息子の小学校は新宿区にあるのだが、学年みんなで32名という小規模学校なので、ずっとクラスも一緒だし、親であるボクもほとんど全員の顔と名前を知っている。中には幼稚園からのつきあいの子もたくさんいるので、どんな子なのかもだいたいわかっているつもりでいた。
卒業証書授与の後、ひとりひとり壇上で、将来の夢を大きな声で発言するという趣向があった。うわぁ〜、どうしよう... と自分がやらされるわけでもないのに、現在の自分を恥じ入るようで情けない気持ちになってしまったが、なかなかどうしてみんな立派にそれぞれユニークな夢を語ってくれた。へぇ〜、この子は野球少年だから大リーグに行ってホームランキングになりますと言うだろうなぁ、と思っていたら、有名なデザイナーになりますと真っすぐな目がキラキラ、 キュリー夫人みたいな功績を上げるんではないかと密かに思っていた女の子が、歌手になりたい、いい曲をたくさん作りたい! と何ともステキな未来を語ってくれたりで、なんだかとてもうれしくなってしまったぞ。
えっ、うちの子ですか? まぁ聞いてください。「プロのバスケットボール・プレーヤーになって、世界に通用する選手になります!」と胸を張って堂々と宣言しましたとも、スラムダンク全巻大人買いした甲斐あったってもんです、えぇ(^^
最近の卒業式では歌わなくなったと聞いていたので、「仰げば尊し」が流れてきた時にはちょっとウウッっと来てしまった。転任していった音楽の先生からの「"自転車で行こうよ"を覚えていますか?」という祝電にも涙腺がちとゆるんだなぁ。
最後に、桜がちょうど咲き始めたばかりの校庭で、親子、先生、低学年の子どもたちも混ざって、何人かで集まってはじゃれあいながら別れを惜しむ女子、母親とのツーショットに照れる男子、いい卒業の風景でした。「一緒に写真撮ってほしい女子がおったら呼んで来てやるぞ」と息子をそそのかしてみたが、「別にぃ〜」と涼しい顔でかわされてしまった。ハハハ、まぁ男の子ってそんなもんだよね。
歴代の雪だるま
せっかくなので、これまで息子(今、小6)といっしょに作った雪だるまの写真を公開しよう。
まずは、2001年(幼稚園時代)。妙に色っぽいくちびるは山茶花の花びら...
2002年(1年生)、エレファントマン? 口は配水溝のフィルター...
2004年(3年生)、旅先の信濃大町で作った2つ、雪質が良すぎて、サラサラで丸く固められない。
2005年(4年生)、世紀末? アバンギャルド? ほとんどプルートウの世界。目はサザエの殻...


